がんで退職、57歳から考えた"書く仕事"のはじまり

がんで退職、57歳から考えた"書く仕事"のはじまり

「小島さん、内視鏡検査の結果、食道に腫瘍が見つかりました。」

「はぁ。……わかりました。」

毎年続けていた健康診断から約10日後の2019年3月9日、この日の電話から私の第三の人生は始まりました。

私は1967年生まれで、現在57歳。

アメリカの大学でMBA(経営学修士)を取得後、創業家の一員としてビジネスホテルチェーン「ホテル法華倶楽部」に入社しましたが、入社4年目で更生法を申請し、事実上の倒産を経験。

その後、2001年に緑化・環境関連のベンチャー企業の社長に就任し、約20年にわたり経営を続けました。しかし、2019年に食道がんが見つかり、治療が本格化した7月に退任し「無職」となりました。

入社4年目の倒産が最初の転機なら、その後の社長就任が二度目、そして今回のがんが三度目の転機だといえます。

治療を経て、人生と向き合う時間が生まれた

治療を経て、人生と向き合う時間が生まれた

実は、文章を書くことはがんの宣告を受けた時から始めていました。

治療が一段落するまでの2年間、経過や私自身が感じたことをずっと記録し続けていました。闘病記をネット上で発信し、同じ食道がん患者やその家族に同じ思いを経験してほしくないと強く考えたからです。

WordPressを独学で習得し、100記事以上を執筆。しかし、アクセスはほとんどなく、途中、Googleの仕様で個人の闘病記は検索結果に出にくいと知りました。初心者によくあるミスです。

この事実に落胆しながらも、WordPress構築の知識は思わぬ形で役に立ちました。

かかりつけの眼科医から依頼を受けてクリニックのサイトリニューアルを行ったところ、デザインが好評でそれが信頼感につながり新規患者数が大幅に増大したのです。その後、医師からの紹介でいくつかのサイトを構築しましたが、これを仕事にしようとは考えませんでした。私よりもスキルの高い人はいくらでも存在すると考えたからです。

セカンドキャリアとしてライターを選んだ理由

セカンドキャリアとしてライターを選んだ理由

がん告知から3年が経ち、体調も安定してきた頃、「これから何をして生きていくか」を考えるようになりました。深くは書きませんが、大前提として、「もうビジネスで苦しみたくない」「家族中心の生活をしたい」——この思いは揺るぎませんでした。

加えて、「年齢を重ねても長年続けられること」「目に見える形で誰かの役に立てること」もセカンドキャリアを考えるうえで重要な条件でした。これらを考えた末に浮かんだのが、"書くこと"です。

もともと社長ブログを10年以上続けており、文章を書くことには抵抗がありませんでした。また、先に手掛けたクリニックのサイトも、読み手が何を知りたいのかを考え抜いた末でのコンテンツであり、デザインです。その経験は「誰かの役に立つものを書く」という思いにも通じていました

がんになったという三度目の転機は、ライターを生涯の仕事とすることで新たな幕を開きました。

告知から5年が過ぎた、2024年の夏でした。

中高年ライターとして続けるための心構え

中高年ライターとして続けるための心構え

書くことを仕事にすると決めた当初から心掛けていることがあります。以下に紹介しますが、締切を守ることや丁寧なコミュニケーションを図るなど、基本的なことはここでは説明しません。

なお、ここでは、「中高年ライター」だけでなく、どんなライターにも該当することを私の経験から紹介しています。

他に収入源を持つ

最初の2年程度は、よほどの専門性がない限り、ライターだけで生活するのは現実的とは言いがたいでしょう。何で収入を得るかは人それぞれですが、最低でも月15万円程度の安定した収入をライター以外の収入として別途確保できる状況にすべきです。

本業がある方は、副業としてライターを始めるという働き方は非常にわかりやすく、現実的でしょう。中高年の場合、それまでの蓄えがある人も少なくありません。それらを補うという視点からライター業を始めることもひとつの考えです。

私の場合、退職金という蓄えに加え、2023年頃から時間に融通が利く勤務先としてNPO法人の事務員を1日7時間、週2~3日で続けています。

このように、逆説的かもしれませんが、固定的な収入源を先に確保することが、ライターを極める道のひとつだと私は考えています。

「時給換算」しない

多くのライターは、実績ゼロからのスタートです。文字単価1円未満の案件から始めるのは、ごく普通のことかもしれません。私自身も「最初の仕事」は、自分のエピソードをもとにした漫画原稿で、時給に換算すると700円程度でした。

現在の私は、6,000文字前後の記事を執筆することが多く、この場合、文字単価に関係なく、平均して2日で合計10時間ほどかけて1つの記事を仕上げています。仮に文字単価が1円なら時給は600円、2円でも1,200円ほどです。

このような場合、収入確保のために時給1,500円以上で換算できる短時間で納品する道を選ぶか、それとも一定の質を保つために時間をかけるかという選択になりますが、私は後者を選んでいます。

なぜなら、納品後の追加発注や再発注につながるのは、やはり「丁寧に仕上げた仕事」だからです。こちらも逆説的かもしれませんが、文字単価が低い初心者だからこそ、時間をかけて高品質な仕事を行うべきだと私は考えています。

私は文字単価0.5円でスタートしましたが、品質優先のやり方を当初から続け、単価は10倍になりました。少なくとも私の場合、現時点では、このスタンスが功を奏していると言えるでしょう。

しかし、「時間」は意識する

私は、「Time Designer」や「Toggl Track」などのツールを使い、執筆に要した時間を個別に記録しています。同時にエクセルで、1日単位のすべての行動も記録しています。

ライター経験者ならわかると思いますが、似たような案件が続くことは少なくありません。例えば、6,000文字執筆に、以前は12時間かかっていたものが、今回は10時間で仕上がった場合、2時間短縮できた理由は何かを探ります。あるいは、半年前なら10時間だったものが今では6時間で書けるようになった場合、その背景は何なのかも明確にします

案件に慣れたのか、書くスピードが速くなったのかなど、原因は多種多様ですが、改善点を明確にして、そこをさらに伸ばしていきます。そのために、「時間を意識する」ことが大切なのです。

また私の場合、60分が集中力の限界で、必ず15分程度の休憩や気分転換が必要です。加えて、家族の食事作りも私が担当しているので、これらの時間と内容もすべて記録します。記録することで、「今日は執筆だけで12時間もできた」「結構やったと思ったけども実際の執筆は6時間だけだった」など、印象ではなく実数値で日々を把握することにつながり、さらなる効率化へのヒントを与えてくれるのです。

ちなみに、中高年のライターは、身体を動かすことも必ず予定に入れ、日々を振り返ることをおすすめします。

メンターや応援団を探す

どんな仕事でも同じですが、リスクを取って挑戦し続けていれば、いつか必ず応援してくれる人が現れます。

まったく違う分野や、これまで経験したことのない執筆スタイルに挑戦し続けていれば、いずれ発注先やクライアントが、その姿勢に応じて手を差し伸べてくれるはずです。自分にできないことは明確に伝えたうえで、それでも「やりたい」と意志を示せば、その気概を評価してくれる人は必ずいます。

もちろん、誰もが評価してくれるわけではありません。50人に1人程度かもしれませんが、その一人を探し続けることが重要で、仕事の「幅」を拡大させる最短の道のひとつだと思います。

同時に、そうして出会った自身にとってのメンターや応援団は、苦しい時には支えとなり、嬉しい時には共に喜んでくれます。現在、ライターの仕事の大半が顔を合わせずに完結しますが、可能であれば、最低でもZoomなどで実際に会話し、相手の顔や声を知ることを私は強く勧めたいと思います。

「長く続く仕事」とはそういうものだと思うのは私だけでしょうか。

プライドを捨てる

既にお話ししたように、私は米国でMBAを取得し20年近く社長でした。世間的に見れば(今となっては過去のことですが)、ある程度は「できた人間」だったのかもしれません。しかし、ライターの世界では、過去の肩書きや経歴は関係ありません。文章がすべてだとライター活動を始めた当時から考えていました。(人柄も大きく関係するとは思いますが)。

そこで、先に述べたようにNPO法人で事務員を始めました。時給1,000円ほどのアルバイトで雑用が中心です。「ここは少し改善した方がいいな」と思うことはありますが、あまり口を出す立場になく、ここでは過去の経験もほとんど関係ありません。

ライターとして本格的に仕事を開始する数か月間にこのバイトを開始し、今もやっています。そのため、ライターの仕事で何か余程のことがあっても気になりません。それよりも若き発注者の彼ら彼女らの精悍な顔つきを見ていると、「仕事が早いんだろうな」と純粋に羨ましく思います。それぐらいがいいのです。

また、このコラムも含め、私は可能な限り実名で発信しています。経営者時代の知り合い、同級生、今のバイト先の人々がこの文章を目にしたらどう感じるでしょうか──。いろいろなことが想像できますが、気にはしません。

プライドを捨てるとは覚悟を決めること。覚悟を決めれば、あとは時間が必ず何かを解決してくれる、と確信しています

なお、私のこれまでの人生経験は、私の大きな強みであり、執筆に大きく寄与してくれていることだけは付け加えておきます。

中高年ライターという働き方──セカンドキャリアの選択肢として

ここまで記事を読んだ方の中には、中高年──いわゆるシニア世代で、セカンドキャリアとしてライターを目指す方もおられるはずです。あるいは、これまでとはまったく違う仕事に挑戦したいと考えている方、未経験からライターになれるのかと不安を抱えている方もいるかもしれません。

そんな方々の参考になればと、私なりの考えをここまで紹介してきました。

人それぞれ、歩んできた人生は違います。その年齢、そしてこれまでの経験こそが武器になります。いや、これこそを、リタイア後や定年後の新しい働き方の強みにしてほしいのです。

文章を書くという行為には、今までの蓄積を活かす余地がいくらでもあります。そして、その強みを最も発揮できるもの、それが「ライター」という仕事です。私はそう確信し、これからもこの仕事を続けていきます。

最後になりますが、改めて、新たな転機を与えてくれた“がん”、そして何度も転機を経験しながらも、いつも見つめ、支えてくれている家族に、心から感謝しています。

参考
がんケアネット」:小島愛一郎氏の食道がん闘病記
まさみ眼科クリニック」:WordPressで構築した最初のサイト

この記事を書いたライター

執筆者

小島愛一郎

人生もキャリアも一周回ったSEOライターです。
20年にわたりベンチャー企業の経営に携わり、資金調達や新規事業開発を経験。がんを機にキャリアを見直し、今は専門性を活かしたSEO記事を執筆中。
M&A・会計・法務・税務などビジネス分野に精通...

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